魔王の日記


朝起きるとまたピサロが僕の隣で眠っている。
どうせ寝ぼけて部屋を間違えたんだろう。 部屋から追い出し、もう一眠りしようかとベッドに戻ると、
床に黒い小さな本が落ちていた。
なんだろうと拾いあげ、表紙を見ると、魔族の言葉で何かが記してある。
その下に人間の言葉で、不慣れだが丁寧な字で「 日記」と書かれていた。
ピサロの物だろう。
更にその下にはまた魔族語で何かが書かれている。
おそらく「見るべからず」とか書いてあるに違いない。
見てみぬふりをして、読んでみることにした。

この好奇心を後悔することになろうとは露とも知らず・・・ 。

日記の前半は魔族語で書かれていた。
読めないのでとばす。時々殴り書きのような箇所があったが、良からぬ事でもあったのだろう。
ページを進めていくと、途中で人間の言葉に変わった。
その日の日記から読んでみる事にする。

今日ユーリルと話をした。
ユーリルは胸の内を吐き出すように私に語ってくれたようだ。
これを機会にふと人間の事を知りたくなった。
人間のことも学んでみようと思う。
手始めに人間の字を習ってみることにした。

これは多分、ピサロが僕たちの仲間になったばかりの時のことだろう。
対立しあって初めは口も聞かなかったこともあったけど、今では僕の頼れる存在だ。
今でも無口でわけがわからないところもあるけれど、真面目で律義で魔族の割には話せる奴なのだ。
憎しみは全て消えうせたわけではないけれど・・・。
しかしあいつすごいな。習ったばかりでこんなに書けるなんて。
その日の日記の最後にはこう書かれていた。

ユーリルの一人称が俺から僕になった。

確かに、村を滅ぼされ、たった一人で旅立った時から、いつのまにか自分のことを「俺」と言っていた。
そのうちに、仲間が出来て、勇者として皆を率いることになってもそれは続いた。
自分は勇者だから、強くなければと。それは苦しい強がりだったのだろう。
ピサロは仲間となってすぐにそれを見抜き、仲間達すら告げなかったことを僕に告げた。
自分の心の中を見抜かれたようで、憎くてたまらなかった。
だが、それは魔王のみせた小さな優しさだと気付くのは、少し経ってからだったけど・・・。
虚勢をはらず、自然体に戻れた自分はいつしか「僕」にと戻っていた。
あの村にいた頃のように・・・。
しかし、僕もマーニャに言われるまで気付かなかったのにさすが魔王だな。

次の日の日記。

モンバーバラの町に行った。
町の真ん中に見せ物小屋があり、ユーリルに連れて行かれる。
ステージなるものに上がる時、ユーリルに手をつながれた。
これはユーリルが私に向けた初めての愛情・・・

ちょっと待て。つないでなんかいないぞ。
手をつかんでステージ上に引っ張り上げただけだって!。

次の日の日記

ユーリルと共に馬車の前を歩く。
陽に照らされたユーリルの翠の髪は若葉の様に輝き、美しい。
サントハイムにいた猫の毛並のように柔らかそうだ。
一度触ってみたい。

そうかあの頃やたらと手を伸ばして来ていたと思っていたら・・・。
振り返ったら気まずそうな顔していたっけなあ。

次の日の日記

今日の夕食当番はユーリルだ。
メニューは私が捕ってきた鳥の肉と芋の煮込み料理。
素朴だがとても 美味である。
ロザリーよりも料理が上手い。

あいつ僕には直接言わないけど・・・。

ゆっくりと味わいながら食べていると、にっこりと笑みを浮かべてユーリルが歩み寄ってきた。
美味しいかと聞かれ まあまあだと答えてしまう 。

そうそうあいつ素直じゃないから・・・。

食事が終わったので席を立とうとしたとき、ユーリルが私に言った 。
「僕のも食べる ?」

ああ言ったような気がする。
料理って作っている本人はその間にお腹一杯になっちゃうんだよね。

私は我が耳を疑った。

僕も次の一行を読んで我が目を疑った。

これは求愛行動だ 。

ち・・・、ちょっと待て!。 なんでそうなる!?。
読み進めていくうちに恐るべき事実を僕は知った 。
なんと自分の皿の物を 人に勧めるのは魔族の間では求愛行動になるらしい。
鳥の求愛ディスプレイに似てるなあ。・・・っていうか、魔族って鳥かよ!?

ツッコミをいれつつもページをめくる。

・・・そこには・・・。死にかけた鳩のような絵が赤いインクでたくさん描き込まれていた。
・・・なんだこれは・・・?

ユーリルの求愛にどう応えようかとロザリーに相談すると、ロザリーは馬車の中で退屈な時間を過ごす間に、
踊り子他仲間達に教わったという奇妙な記号を教えてくれた。なんでもハートマークだそうだ。
これを、赤いインクでたくさん描き、愛情を抱く相手に渡すといいらしい。

・・・怖っ.

っていうか、これハートマーク!?。
どうみても死にかけた鳩・・・。
ふるえる手に持つ本の間からなにかがポトリと落ちた。
それは・・・ピンク色の便箋・・・。そこには埋め尽くすかのように描かれた死にかけた赤い鳩の絵が!!。

ひいいいいいいいぃぃ!!!

「ユーリル」
全身の毛が逆立った。
おそらく30センチほどジャンプしてしまっただろう。
声の主はピサロだった。
「何をしている?みんな待っているぞ」
「あ、ごめんごめん」
ふと僕に歩み寄ろうとしたピサロが動きを止める。
「その日記は・・・」

し、しまった

「あ、ピサロ!これはだなあ、すぐにお前に返そうと・・・」
「読んだのか?」
「・・・え!?」
「読んだのだな」
もう隠す事が出来ない・・・。
「ごめん、本当にごめん」
頭を下げた僕に魔王が歩み寄る。

こ、こ、こ、怖い!!
・・・と、魔王の手が伸びてきて、
あれ!?
いつの間にか僕は抱きしめられていた。
「読んだのならば話は早い」
はい!?
「あの、何が!?」
「日記はその書いたものの、つまり私の心そのものだ。お前はそれを受け取ったのだな」
「・・・はあ!?」
「求愛の手紙まで握り締めているではないか」
気が付けば僕の左手にはあの死にかけた鳩の絵の描かれた便箋が・・・。
「ち、違うって!これはだな」
「決定的だ。
私と結婚するのだ
け、け、け、結婚〜!?
冗談じゃない!」
アホ、馬鹿、死ね!思いつく限りの罵倒を浴びせながら、腕の中から逃げ出そうと必死に暴れた。
ピサロの足を蹴り、踏み、踏みにじりたおしたが、魔王には通じず・・・。
「素直ではないな。愛いやつめ」
ますます腕の力が強くなり、もう脱出不可能に・・・。

だ、誰か、タスケテ・・・。
人の日記勝手に読んだのは謝るからさ

だから、誰かこいつを止めて・・・。

誰か・・・・!!

・・・ガク・・・。

END


あの三部作の続きがこれかい!?

そしてなんとまだ続く