続魔王の日記

魔王にプロポーズされるという恐るべき事態に陥ったユーリル。
彼にはさらに苦難が待ち受けていた。


魔王に抱きつかれ酸欠状態になっていたユーリルを救ったのは他でもないユーリルの仲間達。
魔王を引き剥がすのにはかなりの時間を要したようだが、ユーリルは無事に開放された。
仲間達…特にミネアは魔王にきつく言い渡した。

ユーリルに「近寄らない、触れない、抱きつかない」だ。

自分よりも○百歳も年下の娘に厳しい口調で言われた魔王は怒って…あるいは拗ねているのか宿屋の自室から出てこない。

そのピサロはずっと無言で窓のそばに佇んでいた。
眉間の皺がいつもよりも3割り増しになっていた。
魔王の頭の中では、ユーリル達の想像をはるかに超えた思考がめぐっていたのだ。

やはり「即結婚」は早かったか…。」
ぶふーうと溜め息をつくと、再び考え込む。

ピサロは生まれながら王者となるべく育てられていた。
つまり、一般人の常識があらゆる意味で足りていない。
さらに人間のこととなるとなおさらだ。
誰かに相談しようと思えど、誰に相談するべきか…。
あの魔法使い…ブライはどうだろう…。
しかし彼も間違いなく○百歳は年下だ。

うーむと考え込んでいると軽いノックの音が聞こえた。
「誰だ?」
「ピサロ…さん…少しいいかしら?」
その声はおそらくあの踊り子の…似ているようで似ていない妹のミネアだ。
「入れ」と声をかけると、ミネアは静かに扉を開いた。

「私も少し言い過ぎたところがありました」
口を開いて出た言葉はこうだった。
魔王が怪訝な顔をすると、娘はさらに言葉を続ける。
「あなたは、私たち人間と違う魔族です。しかし魔族といえど、あなたには信念というものを持っていると思っています。
世界にはいたずらに生きるものの命を奪い、本能のままに残虐な行為をする卑劣なものもいます。
…あなたの過去をむしかえすつもりはありません。
今のあなたは昔のあなたとは違うようですから…。」
ピサロは無言でミネアの瞳を覗き込むとさらに言葉を続けた。
「あの子…ユーリルがあなたに心を開いたのも、今ではなんとなくわかる気がします。
あなたとユーリルの魂は似て異なるもの、異なっているようで似ているのです。」

魔王の紅い瞳は娘を射抜くようにみつめる。
「では私はどうすれば?」
「今までと変わらぬように、ユーリルと接してはいかがです?」
ミネアの顔に微笑が浮かんだ。
はっと思いついたように、魔王はミネアにたずねてみることにした。
「人間は…人間同士、仲良くなるには何をするのだ?」
ピサロの言葉にミネアは少し遠いところを見つめるように虚空を見つめた。
「そうねえ…。私は小さな頃から人と接するのが苦手で…。
こういうのは姉さんのが得意だったかしら…。
すぐ近所の子供たちと仲良くなれるのだけど、私はよく姉さんの後ろに隠れていた。
私にとっての友達っていうのは…姉さんだったのかしらね。
いつも空が暗くなるまで遊んだわ。
かくれんぼもしたりおいかけっこもしたり、花を摘みにいったり、近くの森に冒険に行ったり…」
「それで仲良くなるものなのか?」
「そうね、友達同士では秘密を持つものなのよ。
私も姉さんといくつも秘密を持ったわね。
あの木の根元には毎年春にきれいな花が咲くのだとか、美味しい木の実がなる場所とか、可愛い小鳥の巣があるところとか…。
父さんにも秘密にしていた…。
友達以外には誰にも言ってはいけないの。それが友達としての約束」

「約束か…」
窓から滑り込んだ風がピサロの銀の髪を揺らす。
「私は…ユーリルと何を約束することができるだろう…」
「…そうですねえ…それより、とりあえず…」
ミネアの鮮やかな色の瞳はピサロをまっすぐに捕らえてこう言った。
「たくさん言葉を交わすのよ。言葉に出さなくては何も始まらないでしょう。まずはそこから…」
そうか…。わかったような気がする。
「ありがとう。占い師の娘」
扉を開くとピサロは長い銀の髪を翻し部屋を出て行った。

ピサロが苦手な陽の下に出ると、宿屋の裏の丘に生えている木の下で座りこんでいるユーリルの姿を見つけた。
ピサロの姿をみつけるとすっと立ち上がる。
魔王は静かに歩み寄ると、ユーリルの傍に座り込む。
少年は体を強張らせたが、おずおずと魔王の近くに腰を下ろした。
「そんなに怯えずとも襲いはしない」
ピサロは静かな声で告げる。
心地よい風が二人をなでていく。
お互いに黙っていた二人であったが、先に口を開いたのはユーリルだった。
「僕は…別にあんたのこと…嫌いじゃないんだよ…」
「…わかっている…」
再び訪れる静寂。
視線を交わすことなく二人は遠くの空の向こうをじっとみつめる。
「僕にとって、ピサロは…そうだな…うまく言えないけれど、仲間というか、仲間以上…というか、お兄さんっていうか…。
ああ、もうなんて言ったらいいのかわかんないんだけれど…そう頼れる存在なんだよ」
頬を紅くする少年はあわててそっぽを向く。
ふとそんな少年に目をやり、魔王は口を開いた。
「友達…か?」
魔王の言葉に少年は首をかしげる。
「ん〜友達というか…なんというか…」
「…友達にはなれないのか?」
「う〜ん」
少し考えた後ユーリルは顔を上げてピサロを見る。
「友達…か…そうか…」
微笑を浮かべるユーリルを見つめて魔王がかすかに微笑む。
そして口を開くとこう言った。

「友達同士には秘密が必要だ」
そうささやくと、どこからか小さな本を取り出しユーリルに差し出した。
「これは…?」
「ミネアに聞いた。友達同士ではまず交換日記というものをするそうだ。
それはいわば秘密の交換日記。どうだ?言葉もたくさん交わせて一石二鳥だろう」
魔王の言葉に勇者は
「…はあ!?」
「初め書きなどいろいろ書いておいた。また一人の時に読むがいい。
いいか?私とお前は友達だぞ。その日記は秘密だぞ。
約束だ」
そういうと魔王は宿屋の方へと帰っていった。

しばらくの間呆然としていたユーリルだったが、頭上を通り過ぎていった鳥の鳴き声で、はっとわれに返る。
「ああ、そうそう日記…交換日記だったっけ…」
ぱらっとめくるとまずそこには、魔族の文字でこう書かれていた。

一日も欠かさず記入すること

…その内に忘れたふりして自然消滅してやろう…
と思った矢先、目を走らせた文章には…

もし一日でも書かなければ即襲う

… 先を越されてしまったか…。
チッと舌打ちして、めくった次のページには…。
そこには…
「こ、これは…」
思わず総毛だった。

見開き2ページにわたり、みっちりと書き込まれた赤のハートマーク
(ちなみに上手くなっている)のど真ん中に「好きだ」の大きな文字。

っていうか、ピサロのやつ…
ユーリルは胸の内で大絶叫した。
この魔王ぜんぜんわかっていない!!

誰か…このとんでもなく勘違いしている魔王をなんとかして…
ユーリルは再び深い沼に足をつっこんでしまった…そんな気がした。

・・・ガク・・・。

END 


前作から何ヶ月も空いてしまいましたが(ひょっとすると一年以上?)
実は以前から小ネタとして書き留めてありました。
こうして陽の目を見ることが出来たのは、ピサ勇小説にたくさんご感想をよせて頂いた
皆さんのおかげといっても過言ではありません。
なんと、まだもう少し続きますのでしばらくの間お付き合いください。