その光は闇を導く
まだ子供だと思っていた。
小さな人間の子供。初めて山奥の村で見つけた時、好奇心旺盛な目で私を見上げた。
幼い雛鳥のように 。
この村の事しか知らないとその子供は言った。
その後に子供の小さな世界は崩壊するが、そして新たな世界へと飛び立っていくのだ 。
今その子供は幾分か成長した姿で側にいる。
青年と呼ぶにはまだ早い翠の髪の少年。
幼さの残るその横顔にはうっすらと汗を浮かべ、力強い輝きを持つ紫色の瞳は前方を睨みつけている。
敵がいるのだ。魔族の長である私が存在すら知らなかった強い魔物。
終わりを知らないかのように後から後から湧き出して来る。
共に戦うものたちの中で傷を負っていないものは誰もいなかった。
私とて例外ではなく、魔力も底をつき、手に持つ剣も重く感じる。
そろそろ洞窟から脱出しようと老魔術師が呪文を唱えようとしたとき魔物が現れ囲まれてしまった。
とにかく目の前の敵を倒さなければ先はない。
武術の達人である姫が先陣ををきって豹の様に躍りかかる。
ユーリルも剣を抜いて立ち向かう。 回復や防御の呪文を唱える仲間達をかばう少年は一番悲惨な状況だった。
敵の、そして自分の血で全身を紅く染め、 体をおおう防具もあちこちが引き裂かれている。
剣も切れ味を無くし、斬るというより叩くようだ。
限界を感じた少年が私の名を呼ぶ。
振り返ると目があった。
深い紫色の瞳ははいつもより強い力を放ち、思わず視線がとらわれてしまった。
ピサロと再度名を呼ばれ、はっと気づく。
「少しの間頼む」
少年が剣を地面に突き刺すと呪文を詠唱しはじめる。
その呪文は最強の雷の呪文。
今の体でそんな魔法を使えばどうなるか知れたものではない。
とっさに止めようとしたが、ユーリルの瞳がそれを止めた。
その力強い光は妖魔の体を一瞬すくませる。
そして、少年が呼んだ巨大な光は全ての魔物を焼き尽くし、一同は魔物の襲撃から逃れる事が出来た。
力尽き地面に崩れたユーリルの体を抱き、地面に突き刺さった剣を引き抜くと、ブライに向かって叫んだ。
「脱出だ 」
老人が魔力を少しでも残していたのが幸いだった。
ブライが呪文を唱え、やがて私たちは洞窟の魔物から逃れることが出来た。
即座に街へと戻った私たちは瀕死のユーリルをベッドに運び出来る限りの治療を施した。
怪我も完全とはいかないが、ある程度、治癒したお陰でユーリルは安らかな寝息をたてはじめる。
それを見て安心した仲間達は泥のように寝入ってしまった。
私も知らぬ間に深い眠りについていた。
次に目を開いた時には世界は青く染まっていた。
宿屋に着いたのはまだ日が高かったのを記憶の隅に残っていた。
もうこんな時間になっていたとは、夜も更け、月が登っている。
月明かりに照らされたユーリルの顔は青白く、息をしていないように見え、慌てて歩み寄り耳を寄せた。
寝息は落ち着いている。
少しホッと息をつき、毛布をかけなおした。そういえばあの時もこんな夜だった。
初めてユーリルと二人で対峙したとき。
あの時もこんな月明かりの夜で。あの時はまさか今のようになるとは思いもしなかった。
肩を並べ戦うなど…。
少年の眠る姿を見つめ、その目が開かれることを期待する自分に気がついた。
あの対峙した時に放ったものとは違う…、柔らかにほほえみかける優しい紫の瞳。
仲間となり、ユーリルが本心をぶつけてきて以来、時折その色を目にする事が出来た。
自分のもっとも好きな安息をもたらす黄昏時の夕焼けの色…。
何を期待している。
ピサロは思った。
少年の微笑を求めているのか…?。
この小さな人間に心惹かれているのか…。
そんな自分に狼狽する。
「ピサロ」
密かな声がしたので顔を上げる ユーリルが身体を起こそうとしていた。
「寝ていろ」
動きを止めるとはにかんだ笑いを見せ、少年はゆっくりと毛布の中に再び身を潜り込ませる。
「まったく無茶をする。」
「ごめん」
しばし部屋に沈黙が降り積もる。
先に口を開いたのはユーリルであった。
「ピサロ…」
「なんだ?」
顔を覗き込むと少年は笑みを浮かべ言った。
「あんたがいて良かったよ」
トクンと心臓が音を立てた。思わず視線をそらし、あわてて窓の外へと顔を向ける。
「私はお前達と目的が同じなまでだ。たまたまここにいるのだぞ」
「わかってるよ。ありがと…」
声が小さくなり、振り向くと、ユーリルは瞳を閉じていた。
また眠りの世界へと入ったようだ。
眠る姿は幼子のようで、
「まったく…」
魔王はすこしずれた毛布をかけなおし、静かに部屋を出て行った。
小さな導きの光は、今は大きく強く輝く。
光はやがて、世界を包み込んでいく。
その時はもう間近に迫っていた。
三部作完結〜!(え!?三部作だったんですか!?ってな声は無しよん)
ピーちゃん視点で書いてみたけれどあまり変わらん。
短いし・・・。
この三部作で書きたかったのは、勇者と魔王の歩み寄り。
どう考えたって、そんなすぐに仲間同士にはならんだろう。
その過程を表したかったのです。
果てしなく現れてはいないのですが。