その光は闇を捉える
ああ どうしてこんなことになってしまったのだろう。
ユーリルは溜め息を一つこぼした。
誰が予想出来ただろう。
まさか魔族の王と行動を共にするとは・・・。
おまけに二人きりで・・
ユーリルは内心泣きそうになった。
その気持ちを知ってか知らずか、魔族の王は、こちらに背を向け丸く切り取られた空を見上げている。
打倒エスタークという共通の目的の為、かつての敵だった魔族の王と手を合わせることとなった。
だからといって昨日の敵は今日の味方とは簡単にはいかない。
だが、皆の前でピサロを仲間にする決断をしたのは自分だった。
表向きは毅然とした態度を崩さない。
仲間の前ではこだわりを捨てたかの様に装っていた自分だったが、心の中は激しい炎が燃えさかっていたのだ。
それは復讐。この男は自分から全てを奪ったのだ。故郷を、両親を、そしてもっとも身近な存在だったあの少女を。
時がどれだけ過ぎようと忘れられない…いや、忘れるわけにはいかなかった。
あの背中に剣を突き立ててやりたい。
まさにその剣のように鋭い視線で睨みつけていると、魔族の男は振り向きじっとユーリルの瞳をみつめた。
「この竪穴は深すぎる。登るのは無理だ」
ユーリルは目をそらすと竪穴の壁へと歩み寄る。
「俺は助けてくれとは言わなかったぞ」
顔も見ずに魔王に告げるとユーリルは土の壁に手をかけた。
本当に一瞬の隙だった。
ユーリル達一行は洞窟の最深部へと足を踏み入れていた。
洞窟内に出現した敵を葬り去り、その疲れのため気が抜けたのだろう。
ユーリルはそのダンジョンに仕掛けられたトラップにかかり、突如現れた床の穴に落ちたのだ。
とっさに伸ばした手を誰かが掴むが、その主も自分とともに穴に落ちてしまう。
落ちていく瞬間、手の主がピサロであったことに気付き、驚きを隠すことが出来なかった。
とんだ失敗だ。
ユーリルは唇を噛む。よりによって一番助けられたくない奴に助けられるとは…。
いらつく心が壁を掴む手に力を与える。
「無茶はするな」
少年の耳に魔族の男の涼しげな声が届いた。
振り向くと紅い瞳の妖魔は腕を組んで壁に身をもたせかけている
「体力が回復すれば転移の術で外の世界へ戻ればいい。」
「何を悠長なことを言っている。」
再び壁に手をかける。
そんな少年にピサロは歩み寄り、手を伸ばす。
「座れ」
手首を掴まれた瞬間身体がびくりと震えた。
「触るな」
腕を振り解き、ユーリルはその場から飛びのいた。
紫色の瞳が燃え立つように輝き妖魔を睨み据える。
魔族の男は少しも怯むことなく少年の瞳を見つめると口を開いた。
「お前、熱があるな」
瞬間ユーリルの視線が宙を彷徨う。ほんの一瞬であったが、妖魔がそれに気付かぬはずがなかった。
「それもかなり前からだろう。」
「うるさい」
決して自分の弱さを見せたくは無かった。
特にこの男だけは、この男にだけは。
「足手まといになる気か」
ピサロの鋭い口調に少年が顔をそむけ、黙り込むと、再び口を開く。
「痩せ我慢せずに本音を言ったらどうだ」
ユーリルはギリっと歯を噛み締める。
「何か言いたい事が あるのだろう。仲間の前では平気なふりをしていてもわかる。 お前の考えていることが」
「何もないよ あんたなんかに 何も 話す事などない」
握り締めた拳が震える。
「心の内を吐き出せ。私を殺したいのだろう 私が憎いのだろう」
「そうだよ」
叫ぶように言葉を発し、ピサロの胸倉を掴む。
血が逆巻く。 沸々とわきあがる 負の感情。
その瞬間、怒りが堰を切ったように流れ出た。すべてを吐き出せば自分の何かが壊れていきそうなほどに。
「どうしたらいいのかわからないんだよ! 自分の気持がわからないんだ。あんたに復讐してやりたい気持ちと、
どこかで許している気持ち。あんたを殺してしまえばあの人も悲しんでしまう。でもこのまま許すことも出来ない。
いつも思いだすんだ。あの村の惨状を。あの炎と臭気に包まれたあの光景を。」
少年は妖魔の紅い瞳を睨みつけた。
「僕を守って死んで行ったあの人達の声が耳から離れないんだ。僕自身どうしたらいいのかわからない!」
自分の中にこんな感情があるなんて。
心の叫びを抑える術を少年は持ち合わせてはいなかった。 堪えきれず 涙が溢れた
「ならば。」
魔王は静かな声で告げた。
「ならばいつでもいい。私に向かってくるがいい。」
涙に溢れた紫色の双眸が妖魔を見つめる。
「大人しく斬られるつもりはないが。お前の気持ちに整理がつくまで私が受け止めてやる。」
「なんで? 」
ユーリルはピサロの黒衣を握り締め、妖魔の顔を見上げた。
少年の瞳は涙に濡れていたが、意志の強さを思わせる輝きを秘めている。
妖魔は強く美しいものに惹かれる。
その光に囚われた魔王は微かに笑った。
「お前の側に居れば退屈はしないだろうからな。」
「どういう意味だよ」
「そんな人間の心の動きが知りたくなった。それだけだ」
「は?な、何?からかってるの…か…!」
少年はピサロを睨み、そしてすぐにはっと気付いた。
顔が真っ赤に染まり、唐突に少年がすばやい動きを見せた
「何くっついてるんだよ」
ドンと胸を押され 魔王も反論する 。
「くっついてきたのはお前だろう 。」
「俺はくっついてなんかいない!」
「すぐムキになる所が子供だ 」
「違う 」
「子供だと言うに。」
「僕は子供じゃない!」
妖魔が笑う。
「そうだな」
ユーリルは「寝る」と言い捨てるとくるりと背を向けた。
とたんに身体がふらつき、慌ててピサロが支える。
「もう子供扱いするなってば」
見上げると、妖魔の紅い瞳は心なしか柔らかな光を帯びていた。
「眠れ」
妖魔の瞳に何かの力が働いていたのか、少年の身体からスッと力が抜けた。
ユーリルは安心したかのように眠りにおちていく。
丸い形の空からいつのまにか昇った月の白い光が二人を照らしていた。
気がつくと、そこは馬車の中だった。
すぐには状況がつかめずにいたが、身体を起こして馬車の外へ目をやると、仲間達が心配げに覗き込んでいるのが見えた。
ユーリルは少し照れくさそうに微笑んで、馬車の外へと歩み出る。
「大丈夫?ユーリル。」
アリーナが声をかけると途端に仲間達も口を開いた。
ミネアが近寄り、ユーリルの額に手を当てる。
「熱は下がったようね」
「良かった」
アリーナが微笑む。
「すみませんでした、すぐに助けに向かおうとしたのですが、急に強敵が姿を現して、私達も身動きが取れなかったのです。」
神官のクリフトの後に続いてライアンが言葉を続ける。
「とにかく態勢を整えようと、ダンジョンの外へ出たのですが、再度洞窟へ入り、救出に向かおうとしたのですが…。」
申し訳ないと戦士が頭を下げるとユーリルは慌てた様に答える。
「僕がトラップにかかったのが悪かったんだし、みんなが謝ることはないよ。でも皆が無事でよかった。」
ホッと息をついた一同にユーリルはさらに告げた。
「それより、もう出発しない?いつまでもダンジョンの前にいないでさあ」
「では朝食を頂いてから早速」
商人のいつもと変わらぬ口調に笑いながら仲間達は少年の傍を離れて行った。
たった一人マーニャを残して。
なんだかニヤニヤ笑いを隠さないマーニャにユーリルは
「どうしたんですか?」
「どうもこうも聞きたいのはこちらよ」
ごくりという喉の音が大きく聞こえたのはおそらく気のせいだろう。
「しかし、ピーちゃんが倒れたあんたを抱えてダンジョンから脱出してきた時は、びっくりしたわよ。血相が変わっていたもの」
へえ…。と聞き流しているとさらに
「その後あんたを馬車に運び込んで、発熱しているから寝かせる!馬車を開けろ!ってえらい剣幕だったわよ」
ふと目をやると、銀色の髪の男は木陰に横たわっていた。
どうやらまだ休んでいるらしい。
その視線を踊り子は見逃さなかった。
少年の顔をじっと見つめると、
「なにかあったわね。あんた達」
「あるわけないだろ!僕とピサロに」
「…“僕”〜ぅ?」
「いや、その」
「ねえみんな聞いて〜!ユーリルがね〜!」
「マーニャさん!!」
踊り子と少年の追いかけっこが始まる。
そんな二人のやりとりを魔族の男は寝た振りをして聞いていた。
騒がしいが、透き通った少年の声が耳に心地良い。
紅い瞳はユーリルの遠ざかる後姿を映すと、また静かに閉じられていった。
長いね、長すぎたね。
ごめんなさい。
おまけにクサイし・・・。は〜ごめん。
なんだか文章なってないし・・・。笑って赦して。
ところで、ロザリーさんが出ていませんが、彼女はピーちゃんをもとに戻した時点で、
ロザリーヒルに帰っていただいている事になっております。
あんな戦いの中ついて来られても危ないやん!というわけで・・・。