その光は闇を貫く


腕の中で最愛の人が逝った。
エルフの娘。欲深い人間の手によって永遠の命を失った。
大きな虚脱感とこみあげる怒り。私は許しはしない。
人間を、根絶やしにしてやる。

ふと浮かんだ人の姿があった。
翠の髪、白い肌の少年。
アッテムトの地底深くエスタークの眠っていた場所で再会した、殺したはずの山奥の子供。
蘇るはずであった地獄の帝王を倒した少年のその顔は、まだ幼さが残っていて少女の様に優しげであったが、
燃えるような鮮やかな瞳で私の姿を睨み据えてきた。

その瞳の色は地平線から太陽が現れるときの夜明け空のような、紅と蒼の入り混じる不可思議な紫色。
天上人と人との間に生をうけた伝説の勇者。
天空に住む竜神の愛し児。
なぜだろうかその姿は強く印象に残っていた。
そして我知らずその姿を追い求めていた。

はじめは姿を見るだけだと思っていた。
魔族の王には時間があった。
進化の秘宝は完成しつつある。
その力があれば、勇者の力など取るに足りない。
それどころか今自分にも少年一人の命など容易く奪えるのだ。
しかし何故だか胸にわだかまる気持があった。
あの強い光を放つ瞳が見たかった。
あの紫水晶の瞳が。
魔族の王が どうしてそんな行動をとったのかはわからない。
だがその夜は漆黒の闇の中から姿を現した。
闇から闇へと移動し、勇者が率いる旅の一行がとどまる街の中へと。
ただ一つの色を求めて。

エンドールの町は眠ることを知らない。
大通りのあちらこちらからは喧騒の、あるいは歌声、嬌声が絶えることがなく、
一行をにぎやかな空気が包み込む。
「やっぱり都会はいいわよねえ。」
妖艶な踊り子が大きく息を吸い込んだ。
「宿もとれたし、早く食事を済ませましょうよ。」
立っているだけで人目をひく美女はそわそわと落ち着きがない。
「姉さんは食事よりもカジノでしょ。カジノ」
妹の占い師のもう一人の美女が咎める。
「まあまあ久しぶりのエンドールですし、羽を伸ばすのも悪くはないですよ。」
私は家に戻ってきます。とトルネコは大きな荷物を背負い一同から離れた。
荷物の中には妻と息子へのたくさんの土産物がつまっているのだろう。
その姿を見送り、ミネアが声を上げる。
「あら?ユーリルの姿がないけど」
「あの子とても疲れた感じだったから部屋に荷物を置いてそのまま眠っちゃてるんじゃない?」
「ええ、最近眠ってないようでしたし」
「もうあの子ってば何でも一人で背負い込んじゃうのよねえ。いいじゃない寝かせておきましょ。」
「姉さん」
「お腹がすいたら勝手に食べに来るでしょ」
踊り子はそう言葉を漏らす。
「もう姉さん」
「…子供よねえ。」
宿屋の窓の一つを少し見上げ、振り切るように背を向けた。
「さ、行きましょう」
そして、にぎやかな町へと繰り出していった。

ユーリルは深い眠りについていた。
イムルで夢を見たあの夜から眠ることが出来ない日々が続いていたのだ。
少年の眠る静寂に満たされた部屋の窓がきぃーと微かな音を立てて開かれ、黒い鳥が忍び込む。
やがて、その黒い色はすうっと伸び上がり、中から銀色の髪がこぼれ、美しい白い顔が現れた。
それはほんの一瞬の出来事で、黒衣に包まれた妖しい美貌の青年は初めからその場に佇んでいたかのように思える。
魔族の王が居る事にも気付かず、ユーリルは安らかな寝息を立てていた。
月の光に照らされ、眠る姿はあどけなく、また脆くみえた。
光の御子。大きな翼を持つ天空の民の血を引く少年。
今はまだその力は小さいが、やがて、輝く存在になるだろう。
妖魔にとってはこの上なく邪魔な存在。
だが、今は非力な小鳥のようだ。
青白い月光を背にピサロが歩み寄っても少年は目を開くことはなかった。
この瞳が開けば、あの強い輝きを見ることが出来るのだが。
影が室内を支配した。
雲が月の姿を飲み込んだのだ。
薄く笑みを浮かべ、ピサロは眠る少年に手を伸ばした。

かつて緑に囲まれていた小さな村は、一夜にして姿を変えた。
閉じ込められていた地下室から解き放たれ、ユーリルが地上へ姿を現したとき、
優しかった村人や両親、そして、シンシア。いつも姉のようにそばに居たあの不思議な少女の姿はどこにもなかった。
破壊された建物。毒に侵されたかつては美しかった湖。炎と煙、臭気の渦巻く中、ユーリルは激しく大地を掻き毟った。
爪が割れ、血が流れても構わなかった。
涙を流し、感情を押し流した空の心の中にユーリルは一つの名を思い出す。
魔物に呼ばれていたあの名。
デスピサロ。
この村を、自分から全てを奪った男の名。
許さない。デスピサロ。許さない。いつかこの手で殺してやる。
故郷の村を出て、ブランカ、エンドールの町に着くまで毎晩その夢を見続けていた。
仲間に出会い、その夢を見る回数はかなり減ってはきていたが、あの夢を見たとたんまた思い出したのだ。
あのイムルで見た夢。
シンシアに似たエルフの娘。ロザリーの夢。
一度目はその娘が助けを呼んでいた。
その夢に導かれ、その娘に出会い、ユーリルは娘の切実な願いを聞いた。
あの男を、デスピサロと名乗る魔族の王ピサロを救ってほしいと。
魔族の企み…エスタークの復活は、その後ユーリルたちに阻まれた。だが、あの娘は命を落としてしまった。
ロザリーは人間の手により命を奪われた。
魔族の王の叫びはユーリルに二度目の夢という形で現れた。
あの魔族の顔。
あの冷たい瞳。あの血のような瞳は…。
あの瞳に宿っていた光は…。
かつて…。

ひやりという気配を感じ、ユーリルは目を開いた。
闇の中に佇む長身の男。見覚えのあるこの姿。血のような紅く輝く瞳。
自分に伸ばされた手を振り払い、寝台の傍に立てかけておいた剣を掴み、鞘をはらった。
銀色の光がすさまじい流れとなり、妖魔を襲う。
だが妖魔の剣は軽々とその攻撃を受け流し、少年はバランスを崩し、だがすぐに態勢を整えようとした。
妖魔はその隙を見逃さなかった。
ひらめいた手がユーリルの右手を打ち、苦痛の声を上げ、少年は剣を落としてしまった。
武器を手放してしまったその手首を掴むと、壁際へと押し付けた。
再び姿を現した月の光が妖魔の姿を照らす。
銀色に輝くその姿にユーリルは目を奪われた。が、すぐに瞳は強い光を放ち、妖魔を睨んだ。
妖魔は薄く笑った。
その光こそが私の求めていたもの。
「離せ」
少年が手を振り払おうとしたが、妖魔の力は強くビクともしない。
ユーリルの瞳を覗き込み、妖魔の心にある思いが首をもたげた。
この強い光を手に入れたい。
我が物にしたい。
それには、この少年を手に入れればいい。
少年の翼を?ぎ取り、地の底へと引きずり落とせばいい。
天に愛されるこの少年を穢せばいい。
そうすれば私のものだ。
「ユーリル」
妖魔の冷たい声は少年の耳元でささやいた。
「お前は私のものだ」
形のいい耳をピサロの舌が嬲り、熱い息を吹きかける。
ユーリルの瞳が新たな光をはなった。
「ふざけるなっ」
少年の怒りは妖魔の微笑をさそった。
妖魔の唇はユーリルの首筋をおり、ふと動きをとめた。
少年の唇が音を紡いでいた。
稲妻の呪文。
妖魔の髪を掴んでいた自由な手は今はその手の中に、電流の光を集め始める。
だが、呪文が完成する事はなかった。
妖魔は少年が呪文を完成させるその前に、呪文を封じる言葉を放ったのだ。
稲妻が闇の中で弾ける。
妖魔を撃つはずであった雷は消え、愕然とした少年の頤を掴むとピサロはクッと笑った。

「殺しはしない」
妖魔が少年の瞳を覗き込む。
潤んだ、しかしその瞳は殺人的なまでの強い光を放ち、ピサロの瞳をとらえる。
「お前を我が物にし、永遠に飼ってやろう。」
妖魔はまるで呪文のように少年の耳に言葉を吹き込んだ。
「お前の翼を裂き、地底に縛りつけてやる。」
「誰が、」
手が震えた。
「誰がお前なんかに」
どこにその力があったのか、ユーリルは妖魔の身体を突き飛ばす。
弾ける様に起き上がると床に落ちていた剣を拾い、即座に構える。
「お前は俺の大切なものを全て奪った」
ユーリルが叫ぶ。
「これ以上お前の好き勝手などさせない」
剣を握る手が少し震えていた。
妖魔の行為と言動は少年にとって屈辱的だった。
「お前を殺してやる」
ふと妖魔の瞳になにか違う光が過ぎった。
ユーリルはその光を逃さなかった。
あの、あの光は。
覚えているこの光。

少年とピサロが共有の思いを浮かべた一瞬
「ユーリル!」
戸口が激しく叩かれた。ミネアの声。
「大丈夫!?誰かいるの!?」
「ユーリル開けて」
アリーナの声。他の仲間たちの声も聞こえた。
妖魔は少し舌打ちすると、少年を見つめた。
「覚えておけユーリル」
窓を開け、振り返り、妖魔の涼しげな声が告げた。
「お前は私のもの」
妖魔窓の外へと身を躍らせ姿を消した。
蒼い月明かりのみが残された部屋に佇み、ユーリルはさっきの妖魔の瞳に流れた光を思い出していた。
そしてはっと気付いた。
あの光は…あの光。
自分もかつて味わった。
大切ななにかを失ってしまった、悲哀と絶望の光。
妖魔の王が人間の自分と同じ光を持っていたという事実にユーリルは少し驚いた。
あの妖魔も僕と同じ…
「ユーリル!」
扉の向こうからの声に、はっと気付いてドアに飛びついた。
蹴破られてはかなわない。
咄嗟に開けて仲間たちに笑顔を見せた。
「大丈夫?何があったの?」
怪訝な顔のミネアにユーリルは大丈夫と告げた。
「少し寝ぼけていただけ」
「本当ですか?大丈夫なんですよね」
優しい神官の青年が心配げに見つめてくる。
「心配ないよ」
一同はホッとした顔を浮かべ、各自の部屋へ戻っていく。
一人だけ。マーニャだけ居残り…
「ユーちゃん」
「はい?」
踊り子は珍しく真面目な顔でじーっとユーリルの表情を捉える。
「え…」
マーニャは、普段おちゃらけた態度で、一行のムードメーカーだが、的確に人の心の中を見抜く。
少年の表情にいつもと違う何かを見取ったのだろう。
ユーリルが思わず後ずさりしようとしたとき、羽織っていた上着をふわりと少年の肩にかけたのだ。
「マ、マーニャさん…?」
隠していたが、妖魔の剣で引き裂かれた上着の部分を掴み、美女の顔を見つめると、
「明日はあんたが洗濯番でしょ。洗っておいてね」
マーニャの一言に苦笑をこぼした。
「ありがとう」
「あんたね…」
ふとため息を漏らすと踊り子はユーリルの瞳を覗き込んだ。そして
「あんただけじゃないんだよ。」
ユーリルの手がふと止まる。
「マ…」
「今はあんただけじゃないの。そこんとこ思い出してね。」
あとは何も告げず、マーニャはくるりとあちらを向きユーリルから遠ざかっていた。
「…ありがとう」
小さなその声は娘に届いたかどうか。
そっとかけてくれた上着は暖かかった。
「ありがとう」
少年の声は月の明るい空へと消えた。

そう今は一人ではない。
ではあの妖魔は…今はあの妖魔には何があるのだろう。
かつて自分の味わったあの孤独。
妖魔はその孤独の中にいるのだろうか。
少年は天高い月を見上げ、妖魔の冷たい横顔を思いだしていた。


・・・ホモくさ!

初めはもっとホモくさかったんですがね。読み直したらあまりにも耐えられなくてカット!
これが私の精一杯。
たんに魔王らしいピーちゃんを書きたかったのですが・・・。
しかしマーニャさんなんでもお見通しって感じですね。

なんと続く